あまり知られてない事ですが、江戸そば屋は和菓子屋からの転業が多いんです。
江戸そばは上方からの下り物として1650年に芝増上寺の裏手、当時は西久保町と言いましたが
そこに「大阪屋砂場」の暖簾が掛かったのが始まりです。上方におけるそば屋は粉と水を混ぜる作業が
和菓子屋と全く同じなものですから和菓子屋からの転業が多かったのです。
日本最古のそば屋、京都の「本家尾張屋」も室町時代は和菓子屋で、安土桃山時代にそば屋に転業しました。
都内にある老舗のそば屋がメニューにお菓子を載せるのは和菓子屋の名残りです。
そんな事からも江戸そば屋におけるそばは「おやつ」と言えます。
そば屋は和菓子屋
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