江戸そばと地方のそば

江戸そばと地方のそば

 上記の写真を見て。黒い実が硬い鬼皮の付いたそばの実。下の実がその鬼皮をむいたヌキと呼ばれるそばの実。地方のそばは黒い実を挽いてそばを打つ。江戸そばはヌキを挽いてそばを打つ。この違いが生まれた理由。江戸では徳川家康の政策により白飯が食べられていた。代用食であるそばを食べる必要がなかった。食べない江戸っ子にとって下り物とはいえ見た目が黒く食欲が失せる太いそばは食べる気が起きなかった。見た目が悪いということ。また、食べたとしても食物繊維が多くぼそぼそした食感では当時グルメであった江戸っ子は食べない。そこで上方から来たそば職人が代を重ねて、そばを打つ技術を研磨していった。またそばの品質も上げた。まず見た目が悪いので鬼皮を剥いてヌキの状態にする。これによってそばは薄い茶色で食物繊維も少なくぼそぼそ感がなくなる。そこに小麦粉を加えることによって更にのど越しが良くなった。打つ方では三本の棒で四角く1ミリの厚さに均一に延して、1寸(3cm)を30本に切るようにした。これで茹でムラがなくなりすすりやすくなった。こうしたそば職人の努力によって江戸っ子はおやつとして食べる様になった。

 地方のそばは鬼皮ごと挽いて、1本の延し棒で巻き延しにする。江戸そばの様に3本の棒で延す訳ではない。巻き延しでやると厚さが不均一になる。この状態の生地を麺状にして茹でると茹でムラができ、食べて決して旨いそばではない。でもそれでいいのである。なぜなら先述したように江戸っ子は白飯をたべていたという事から、地方では苛烈な年貢の徴収があった。故に白飯など食べられる状態ではなかった。代用食で腹を満たさなければならなかったので旨い不味いなんっていってられない。色が黒く茹でムラがあるそばで腹を満たしていたというのが事実である。鬼皮を剥いてヌキでそばを打つという贅沢は当時地方ではできる状況ではなかった。

そばの品質で言えば圧倒的に江戸そばが良い。これは食べる必要がなかった江戸っ子にどうやったら食べてもらえるかという所から始まった当時の江戸そば職人の努力の賜物である。